【肺がんで呼吸が苦しくなる理由と ご家族にもできるケア方法】

【肺がんで呼吸が苦しくなる理由と
ご家族にもできるケア方法】
-もくじ-
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■ 肺がんで呼吸が苦しくなるのはなぜ?
呼吸困難の主な原因
1.がんそのものによる直接的な影響
2.がん治療の副作用
3.全身の衰弱や筋力低下
4.精神的な要因
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■ 呼吸困難の症状とその変化を知る方法
呼吸困難の自覚症状と客観的な兆候
・本人が感じる主観的な症状
・第三者から見てわかる客観的な兆候
呼吸困難の重症度を測るスケールと使用方法
呼吸困難の重症度を測るスケールとは
MRCスケールの使用方法
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■呼吸困難への対処法と治療法
医療的アプローチ
ご家庭でできる工夫と生活支援
1.姿勢や生活環境を工夫する
2.痰を出しやすくする習慣やマッサージ法
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(リード文)
肺がんと診断されてから、咳が増えたり、息切れしやすくなったり、「これも病気のせいなのだろうか」と不安に感じている方は多いのではないでしょうか。とくに「呼吸が苦しい」「酸素が足りない気がする」といった症状は、日常生活の中でも大きなストレスとなり、ご本人はもちろん、支えるご家族にとっても深い心配の種となります。
「どうすれば少しでも楽になるの?」―そう感じて、情報を求めてこのページにたどり着かれたのかもしれません。
本記事では、息が苦しいという症状 (医学用語ではこれを、呼吸困難と呼びます)を取り上げ、肺がんによってなぜ息が苦しくなるのかをわかりやすく解説するとともに、医療的な対処法やご自宅などご家族にもできるケアの方法についてもご紹介します。
つらい呼吸困難とどう向き合えばよいのか、少しでも安心して過ごすためのヒントを見つける一助となれば幸いです。
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肺がんで呼吸が苦しくなるのはなぜ?
大切なご家族が肺がんで息が苦しいと訴える姿に、不安や無力感を抱えている方も多いのではないでしょうか。呼吸がうまくできないというのは、本人にとっても強い不安や恐怖を伴うつらい症状です。なぜ肺がんで息が苦しくなるのか、その原因を理解することで、今できるケアのヒントが見つかるかもしれません。この章では、呼吸困難が起こる背景について解説します。
呼吸困難の主な原因
肺がん患者さんが感じる呼吸困難には、実はさまざまな原因が絡み合っています。
ここでは主な原因を4つの視点に分けてご紹介します。
1.がんそのものによる直接的な影響
肺の中の腫瘍が大きくなると、気道を圧迫することで空気の通り道が狭くなる「気道狭窄」や、リンパ管の流れが悪くなる「がん性リンパ管症」が起こります。また、腫瘍によって気道が完全に塞がれたり、肺の周囲に水 (胸水」がたまったりすると、肺が押しつぶされて空気が入らなくなる「無気肺」が起こることがあります。これらが、がんが呼吸の妨げとなる、最も直接的な原因です。
2.がん治療の副作用や合併症
抗がん剤や放射線治療の影響で肺の組織に炎症が起こることがあり、これを薬剤性肺炎や放射線肺炎と呼びます。咳や発熱、息切れなどの症状が見られます。また、がんの合併症として細菌による肺炎や、血栓によって肺の血流が妨げられ、呼吸困難を引き起こすことがあります。
3.全身の衰弱や筋力低下
がんが進行すると、体力や筋力が低下し、呼吸筋(呼吸を助ける筋肉)が弱くなり、うまく働かなくなります。これにより「息切れ」が起こりやすくなります。また、がんの進行によって心臓や腎臓、肝臓などにも負担がかかると、胸水や腹水がたまる場合があり、これも息苦しさに繋がります。
4.精神的な要因
不安や恐怖、緊張といった心理的ストレスも呼吸を浅く早くし、呼吸困難を生じます。パニック発作のように息が詰まるように感じることもあります。
【ワンポイントアドバイス】
私が担当した肺がんを治療中の患者さんで、日曜日の夜になると息苦しさがひどくなり、救急外来に受診される方がいらっしゃいました。CT検査を行っても、肺がんの進行は認められませんでした。実は、月曜になると日中ご家族がお仕事に出かけ、お一人で過ごされる時間が長くなることに対して、強い不安を感じていたことが分かりました。不安の原因をご家族と共有し、不安を和らげるお薬を使うことで、症状を改善することが出来ました。このように、精神的な要因が呼吸困難を引き起こすことがありますが、適切な治療やご家族・医療者の寄り添いによって、苦痛を軽減できることがあります。
このように、呼吸困難の背景には身体的・治療的・精神的な要因が複雑に絡み合っています。それぞれの原因に応じたサポートを受けることが、ご本人の「苦しさを和らげる第一歩」になります。
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呼吸困難の症状とその変化を知る方法
「呼吸がつらそうだけど、どの程度なのか本人は言わない…」「ただの疲れなのか、病気の進行なのか…」。そんな不安を抱えながら、大切なご家族を見守っていませんか?
肺がんの進行にともない現れる“呼吸困難”は、本人が感じるつらさと、周囲から見える様子にギャップがあることもあります。そのため、呼吸のつらさを正しく理解し、適切に対応することが大切です。
こちらでは、呼吸困難の症状やその変化、ご家族でも活用できる評価方法をわかりやすく解説します
呼吸困難の自覚症状と客観的な兆候
呼吸困難の感じ方には個人差があるため、呼吸困難を来しやすい肺がんでは症状や訴えの変化には特に注意が必要です。
本人が感じる主観的な症状
・階段をのぼると息が切れる
・話していると息が続かない
・横になると息が苦しい
これらの症状は、「年齢のせい」や「ちょっと疲れただけ」と思い込み、口に出さないことも多いため、見過ごされてしまうことも少なくありません。
第三者から見てわかる客観的な兆候
・会話中に息継ぎが多くなる
・浅く速い呼吸をしている
・首や肩に力が入り、全身を使って呼吸している
・睡眠中にいびきや無呼吸が目立つ
・表情に疲れや苦痛がにじんでいる
これらのサインを見逃さず、早めに医師に相談することで、呼吸の苦しさを和らげる手段やケアを講じることができます。大切なのは「いつもと違う」を敏感に感じ取るご家族の目線。呼吸の変化は、その人の“今”を映し出す大切なメッセージなのです。
【ワンポイントアドバイス】
動いたときに感じていた息苦しさが、肺がんの進行に伴い、安静時にも感じられるようになることがあります。息苦しさが強くなっている場合、それは治療方針を見直すきっかけになります。こうした症状の変化は、ご本人だけでなく、ご家族からのお話しで気づかされることも少なくありません。「いつもと違う」と感じたことがあれば、遠慮せずに医師や看護師に伝えてみてください。それが、ご本人のつらさを軽減する手がかりになるかもしれません。
呼吸困難の重症度を測るスケールと使用方法
呼吸困難の重症度を測るスケールとは
呼吸困難のつらさは目に見えにくく、本人の主観に左右されがちです。そのため、正確な評価が難しく、適切な対応が遅れることも少なくありません。
そこで活用されるのが、「呼吸困難の重症度を数値や段階で評価するスケール」です。
ここではご家族にも気軽に使用していただけるMRCスケールについて、ご紹介したいと思います。
MRCスケール:「歩行時の息切れ」を基準に5段階で評価するシンプルな方法で、医療従事者でなくとも簡単に使用できます。
このようなスケールを使うことで、
・息切れがどの程度深刻なのかを客観的に把握できる
・医療者との情報共有がスムーズになる
・必要なケア(酸素吸入、姿勢調整、緩和医療など)を早期に行える
といったメリットがあります。呼吸困難の見極めは、生活の質に直結します。
ご家族がその変化に気づき、寄り添える手段として、こうしたスケールをぜひ活用してみてください。
MRCスケールの使用方法
MRCスケールは、呼吸困難を「日常の労作でどれだけ息切れがあるか」に基づいて、5段階で評価する方法です。言葉にしづらい「息苦しさ」を、わかりやすく点数化することを目的とされています。
以下がMRCスケールの5段階の内容です
グレード1:激しい運動時にのみ息切れがある
→日常生活にはほぼ支障がありません。
グレード2:平地を早足で歩く、もしくは緩やかな上り坂を歩くと息切れがある
→息切れはありますが、工夫すれば多くの活動は可能です。
グレード3:平地を自分のペースで歩いても息切れがして立ち止まる
→買い物などの外出時に支障を感じ始める段階です。
グレード4:100メートル以下、数分の歩行でも息切れが起こる
→日常生活の自立が徐々に難しくなる可能性がある段階です。
グレード5:息切れがひどく外出ができない、衣服の着替えでも息切れがある
→日常生活の自立が徐々に難しくなる可能性がある段階です。
このスケールのポイントは、患者さん自身に尋ねても構いませんし、日々の様子からご家族が推察しても構わないという点です。「以前はスーパーまで歩けていたのに、最近は玄関先でも疲れている」など、小さな変化に気づくきっかけになります。
呼吸困難の段階を知ることは、適切な医療介入や緩和ケアの判断材料にも繋がります。
ワンポイントアドバイス
MRCスケールは客観的な評価方法ですが、患者さん目線の評価方法として「NRS:Numerical Rating Scale」があります。
「息苦しくない」を0、「これ以上の息苦しさは考えられない」を10とした11段階で評価します。「7点だったけど横になると9点」「5点だったけど、お薬をのんだら3点くらいになった」など、患者さんご本人の感じたままに点数をつけて評価します。簡便な評価方法なので、日々の状態を把握するのにお勧めです。
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呼吸困難への対処法と治療法
では、前章でお話しした呼吸困難の症状が現れ始めたとき、どのように対処していけばいいのでしょうか。
ここでは、医療的なアプローチからご家庭でできる工夫まで、呼吸を少しでも楽にできる対処法をご紹介します。
医療的アプローチ
呼吸困難への医療的対処法としてまず挙げられるのが、酸素吸入や薬物療法です。
酸素吸入は、血中の酸素濃度が下がった状態に対応する基本的な手段で、自宅療養中でも在宅酸素療法(HOT)として利用できます。これにより息苦しさが軽減され、会話や食事といった日常の動作がしやすくなります。
また、呼吸困難の原因に応じて、薬物療法を行います。たとえば、細菌による肺炎が原因なら抗菌薬、がん性リンパ管症や放射線による肺炎ならステロイド、心不全が関係しているときは利尿剤などです。
ただし、これらの治療には副作用や限界もあるため、医師との綿密な相談が欠かせません。これらの治療はがんの進行を止める治療ではなく、症状の緩和が目的である対症療法であることを理解したうえで、治療方針を決めることが重要です。対症療法であっても「呼吸が少し楽になるだけで表情が和らぐ」ことも多く、本人の残された時間の質を高める大切な手段となります。
ご家庭でできる工夫と生活支援
前述したような医療的アプローチを行いながら、ご家庭でもちょっとした工夫を取り入れることで呼吸を楽にすることも可能です。
1.姿勢や生活環境を工夫する
おすすめの姿勢
呼吸がつらいときには、姿勢を少し変えるだけでも楽になることがあります。特に有効なのが「前かがみ姿勢(前傾姿勢)」です。テーブルに枕やクッションを置き、そこに肘や額を乗せることで、横隔膜が下がり、呼吸がしやすくなります。
また、上半身をやや起こした状態で寝る「セミファウラー位」もおすすめです。ベッドの角度を調節できない場合でも、クッションや枕を重ねて背中を支えることで再現可能です。